本物の舞台芸術に触れる機会を子どもへ

 
子どもを「本物」に触れさせたい。そう願う保護者は多いのではないでしょうか。かく言う私もその一人です。
 
特に昨今貴重なのが、生の舞台演劇に触れる経験。言葉や身体の表現、音、光、演出……演劇には、さまざまな芸術的要素が詰まっています。コミュニケーションやアイデンティ形成の観点から、演劇を教育に取り入れている国もあるのだそう。それほどに演劇は、育ち盛りの敏感な脳に良い刺激を与えてくれるのでしょう。
 
しかし、数あるアクティビティの中でもハードルがひときわ高いのも演劇です。「静かにできるのか」、「大勢いる場所で迷惑を掛けないか」、「飽きずに観ていられるのか」など、心配事はいくらでも浮かんできます。我が家も外食や旅行、動物園、体験型施設に出掛けたことはあっても、劇を鑑賞する経験は3歳を過ぎてもありませんでした。
 
観劇デビューを決めてもなお、「途中で出たいと言われたらどうしよう」という不安はありました。しかし、開演の時を迎え、その心配は杞憂に終わることを知ります。
 
舞台に引き込まれ、笑い、時にツッコミまで入れる子どもにつられて、こちらまで笑い声をおさえられなかったほど。息子は40分におよぶ公演の間、次は何が起こるのかと真剣な眼差しを舞台へ向けながら、くるくると表情を変えていました。普段は数分単位で話が変わるYouTubeばかりで、長い話に集中できるかはそれが例えアニメだったとしても怪しい息子です。40分を通して心を動かしながら楽しめたこと自体が、貴重な経験でした。これは息子のみならず、どちらかというと私の自信になったかもしれません。

参加したイベント「うりんこっこ 春のシアター」のチラシ。26日の「ドングリ山のやまんばあさん」を観劇しました。
 
3歳児の保護者目線で綴ります。
 

親子観劇デビューに最適!劇団うりんこ

 
 
劇団うりんこは児童劇の専門劇団です。私自身が小中学生向けの劇を何度か鑑賞したことがあり、プロフェッショナルで良質な演劇と子どもへの高い専門性は実感していました。「本物」であり、「子どもフレンドリー」。親子観劇デビューするならと考えて、一番に思い浮かんだのが劇団うりんこだったのです。


演劇、コンサート、人形劇など、さまざまな催しが開催。開かれた劇場として市民から愛されています。
 

何事も出だしが肝心です。3歳2ヶ月の息子は、劇とはどんなものかもわかっていません。
 
「劇を観に行くよ。保育園で生活発表会ってあるでしょ。あぁいうお芝居をプロがやるのを観に行くんだよー」
 
どうにかこうにか説明しても、「おしばい?」と息子はいまいちピンときていない様子。園の行事で演劇は設定されているものの、自分達が何をやってるのかわかっていないのかもしれません。
 
はじめての観劇でネガティブな印象がついてしまうことは避けたいので、作品選びは気を遣います。「観劇は楽しいもの」と無事認識されたようなので、デビューに劇団うりんこを選んで良かったと今は胸を撫で下ろしているところです。


心の支えのぬいぐるみとトミカ消防車を手に劇場に到着した息子。坂を利用して消防車を走らせている隙にパシャリと撮った一枚。
 

公演があったのは、劇団うりんこの本拠地である「うりんこ劇場」。クリスマス特別公演や育児イベントなど、児童のみならず様々な年齢の観客に向けて演劇やイベントが行われている場所です。
 
駐車場の数に限りがあり公共交通機関か周辺のコインパークの利用を促す旨の記載があったものの、我が家は遠方のため車で参加させていただきました。早いもの勝ちとなるものの劇場すぐそばに15台分の駐車スペースがあり、私も無事停めることができました。
 


劇団名「うりんこ」には、「いのししみたいに真っ直ぐ走って素敵な舞台を届けよう」という意味が込められているのだそう。絵本の影響でウリ坊好きな息子は各所にあるウリ坊のイラストにまず好意を持ったようです(笑)。
 

北は北海道、南は沖縄まで、公演で全国を飛び回る為なのか、駐車場には大きなトラックが。乗り物好きな息子の心を早速掴んでくれました(笑)。
 


この日駐車場の整理をしていたのは劇団員さん。ワンオペで3人の子どもを連れてきたお母さんの車の誘導をしながら、先に車から降りてしまった子どもをあやす姿に、「さすが子どもに慣れている」と変なところで感心してしまいました。
 

劇団うりんこの作品は文化庁の巡回公演にも採択され、子ども達に小中学校で舞台芸術を鑑賞する機会を届けています。こうした長年に渡る活動も、子どもの観劇デビュー先として安心して選択できる理由になりました。
 
うりんこ劇場があるのは、閑静な住宅街。歩道の幅が広く、歩き回る子どもがいてもベビーカーでもゆったりと歩きやすいのはさりげなく嬉しいポイントでした。
 


駐車場から劇場へトコトコ移動。電車なら地下鉄東山線「一社」駅からバスでおよそ10分です。
 

「ドングリ山のやまんばあさん」観劇レポート

子どもも大人もリラックス。観劇環境

 
 
今回観劇する作品は「ドングリ山のやまんばあさん」。ドングリ山に暮らす気の良いやまんばあさんの身に起こるあれこれを描いたユーモアラスな物語です。予習するか迷いましたが、我が家は親子共々原作を読まずに観劇してみることにしました。


会場の様子。子どもも座りやすい高さのベンチorマットを選べました。普段は写真奥に写っている引き出し式の座席が使われますが、乳幼児向けに配慮された会場づくりがなされていました。
 
 
後述する乳幼児向け休憩所が楽し過ぎて、開場しても「もっと遊びたい」となかなか席につこうとしない息子。
 

劇場に入ってすぐ靴を脱ぐので、歩行がおぼつかない赤ちゃん連れでもくつろいで過ごせます。写真左手にはお手洗いが。息子は子ども用のスリッパに惹かれたらしく、お陰で開演前にトイレを済ませることができました。
 
 
「ドングリころころのドングリ出るよ!」と誘ってどうにかこうにか出入り口すぐそばのベンチに座りました。
 

息子が童謡「どんぐりころころ」が好きなので咄嗟に出た誘い文句でしたが、図らずして的を射ていたことになりました。ぜひ観劇して確かめてみてください。
 

開演にあたっての注意事項をスタッフの方が説明する際に、途中退出入口の案内がありました。劇場後方に、そっと出入りできる場所が設けられているのです。終演まで集中して過ごせるか内心不安だった私には、かなり心強く感じました。
 


途中退出入口には光を遮る黒いカーテン。音を立てずにそっと出入りしやすく、「いざという時もアイツ(途中退出入口)がいる……!」と心の支えになります。
 

会場は天井が高く開放感があります。開演すると照明は暗くなるのかなと想像していましたが、やわらかな明るさを保ったまま劇が始まったので驚きました。後で尋ねてみたところ、乳幼児向けのプログラムの際には怖がることのないよう比較的明るさを落とさず公演を行うそうです。
子どもに緊張感を抱かせる隙を与えず、拍子抜けするくらい自然と劇は始まります。境目が曖昧なまま、ふんわりと作品の世界にいざなわれていくのは不思議な感覚でした。
 

心が動く巧みな演出

 
公演の間、息子の感情はダイナミックに揺さぶられ、脳は忙しく働いていました。
 
楽しくなる歌や、真似したくなる動き、愛らしいパペット。子どもの興味が尽きない工夫が随所に散りばめられており、グイグイと劇の世界に没入させます。
 


熊のプレートや鳥の布製パペット、四季の移ろいを布で表現する山など、温かみのある道具達が興味と想像力を膨らませます。
 

特に巧みだなと思ったのが、やまんばあさんの登場シーン。やまんばあさんの姿が現れた時よりも、気配を感じる間(ま)に息子は恐怖を感じたようです。「こわい」としがみついてくる息子の背中に手を当てながら、「わからないものや見えないものが一番怖いのは子どもも同じなんだなぁ」と真理を見たような気分になりました。それでいて、怖さが持続することなく、緊張がやわらいだり、むしろクスッと笑ってしまうコミカルなシーンが入ったりするので、子どもは益々心を掴まれたようです。
 
音響も必要最低限でいて効果的に使われており、観客は知らず知らずして緊張感や弾む気持ちを昂らせます。
 


公演後の舞台裏を特別に撮影させていただいた一枚。二人で何役もこなしていることに驚いたと感想を伝えたところ、なんと音響まで演者さんが行っているとのこと!神ワザ!早着替えや音出しなど、戦場のような舞台裏が想像できます。大人にとってはこちらも興味をそそられます(笑)。
 

舞台で巻き起こる出来事をよく見て、セリフの端々にも反応。様々な感覚が刺激され、多くのことを感じたのでしょうか。最初は緊張していた息子が、最後には先陣を切って「拍手を送る」という感情表現をしていたのには、感心してしまいました。
 

photo:服部義安

共感力をくすぐられるストーリー

 
息子が笑顔を見せていたシーンの多くは、息子にとって心当たりのある感情と出逢う場面でした。
 
例えば、とあるものを引っ張りあうシーン。保育園のお友だちとオモチャを奪い合う時のことが、想起されたのでしょうか。「とりあってる!」と声をあげて笑っていました。
 
他にも、息子がやりそうなことや、大人が子どもに言いそうなセリフなどが出てくると、目を細めてにっこり。作品の登場キャラクターに自分や家族、園のお友達、先生らを投影させていたのかもしれません。子どもを取り巻く社会の縮図がそこにはありました。
 

photo:服部義安

観劇で育む親子コミュニケーション

 
息子にはこんな一面があったのか。
息子が観劇するとこんな感じなのか。
ちゃんと楽しめるんだなぁ。
 
色んなことが新鮮だったのもあり、息子が劇に集中する一方で、私は息子の様子に大きな関心を寄せていました。
 
当初は「子どもをじっとさせることに気を遣って、劇が頭に入ってこないのではないか」と考えていましたが、実際には子どもの反応を見逃したくないあまりに劇と息子を交互に見る有様だったのです。
 
失礼ながら、自分自身が注意散漫に観劇したお陰で気づいたこともあります。この演目はストーリー全体を理解できなくても、充分に楽しめるよう設計されているのです。演者のアイキャッチな動きで表現したかと思えば、可愛らしい人形劇になり、今度は心地良いハーモニーでストーリーを展開。バリエーションに富んだ見せ方で、場面場面を切り取っても観る人の心を掴みます。もちろん、話の筋を理解できればさらに深く楽しむこともOK。兄姉がいる場合には、乳幼児と一緒に上の子を連れてきても良さそうだなと感じました。
 

photo:服部義安

公演の間は集中を遮らないように、なるべく声掛けせず見守ることを心掛けました。これが合っているのかはわかりません。しかし、なんとなく息子の中で巻き起こっているものを邪魔しないでおこうという気持ちと、単純に動向を見てみたい好奇心があったのです。心が動いて湧き上がった思いの行き場として私に視線を向けてくれた時には、目と表情を合わせることで同じ気持ちを共有しました。
 
日頃から職人フェチな私は、構成や演技、音、照明など、子どもを引き込む多彩な職人芸の集結に感激しきり。それと同時におもしろみを感じたのは、観劇では同じ空間で同じものを鑑賞する“息子以外の子ども”や“自分以外の家庭”の様子が目に入ることでした。全く同じ作品を見ていても捉え方の違いを感じたり、一方で一人一人違うにも関わらず同じ何かを共有できたり。作品を中心にできた目に見えない輪の中で共に時間を過ごすことは、他になかなかない経験でした。
 


劇団や作品のオリジナルグッズ販売も!我が家も帽子を記念に購入し、観劇の思い出として持ち帰りました。
 

子連れでも安心なうりんこ劇場

 
ここからは、子どもフレンドリーなうりんこ劇場についてレポートします。
公演時間にちょうどよく到着するかは、子連れにとって第一の難関です。多少のタイムロスを見越して出発したがために、逆に早く着いてしまうなんてこともしばしば……。今回は公演の30分前に開場時間を設けてくれていましたが、私はそれよりもさらに早い時間に着いてしまいました。
 
でも、途方に暮れながら時間を潰すことはありませんでした。絵本やオモチャがたくさん並んだ休憩所を案内してくれたのです。
 


広々とした休憩スペースには、様々な絵本やオモチャが。大きな窓に面しており、明るさも換気も◎
 

 
うりんこ劇場は1Fはホール、2Fは事務所、3Fはリハーサル室として使われていますが、乳幼児向けイベントの際には3Fを休憩所として用意してくれることが多いのだそう。
 


消防車好きな息子は帽子やリュックをおろすのも忘れて、夢中になってこの消防車で遊んでいました……。
 

大人がほっと腰を下ろせるベンチも配置されていました。オモチャが豊富にあるのでいくらでも時間を過ごせそうです。
 

子ども自身が片付けしやすいように、オモチャの場所にはラミネート写真が貼られていました。
 
 
この休憩所には、ベビーベッドも用意されています。ねんね期の赤ちゃんや弟妹がいる家庭も安心です。
 

0 歳から楽しめる演目や絵本の読み聞かせ、ベビーマッサージなどの育児イベントも開催している劇団うりんこならではのホスピタリティ。
 

 
1Fには授乳とおむつ替えのスペースも設けられていました。普段は楽屋として使われている部屋を、乳幼児プログラム用にセッティングしてくれているのだそう。赤ちゃんや保護者を温かく迎えてくれようとしている気持ちが伝わってきます。
 


劇場入って右手すぐの1F楽屋が乳幼児向けイベントの際には赤ちゃんのお世話用のお部屋に。おむつ替えスペースの奥に授乳室があります。
 

 
また、休憩所としてオープンしていた3F奥には、小さな子が遊び回れるプレイルームも完備。この日、本来は予定にはなかったものの、早めに到着した観客が多かった為スタッフの方のご厚意で特別に開けてくださいました。
 


休憩所の奥にあり、目が行き届きやすい配置です。
 

トンネルやジャングルジム、ボールプール、ピアノ、黒板など、全身で楽しめる遊具がいっぱい。
 
 
開場時刻になると、スタッフさんが声を掛けに来てくださいました。もし休憩所があまりに気に入って子どもが劇場へ移動したがらない場合には、「だるまさん」を探しながら階段を降りると楽しいかもしれません。
 
 

絵本でお馴染みの「だるまさん」。「あ!」と指をさしたりドアの裏を探したりする子ども達の様子が見られました。
 

最後に

 
 
3歳の息子との親子観劇デビューは、とても楽しい記憶になりました。劇団うりんこの演目やイベントは幅広く、0歳から楽しめる舞台芸術「ベイビーシアター」や子育てワークショップも開催しているので、その時期にピッタリな作品がきっと見つかるはずです。近所にお住まいの方が本当に羨ましくなりました!(笑)
 


私達が観劇した日も、フィンガーペイント体験が行われていました。
 

 
また、劇場周辺には名古屋の名物や子ども向けメニューを食べられる飲食店もあるので、ランチの心配もなさそうです。県外から訪問した我が家は、きしめんと味噌カツ、息子はオモチャ付きお子様ランチを堪能しました(笑)。
 
 
ここからはオマケの後日談です。
 
私達が原作を読まずに観劇に臨んだのには、観劇後に原作を読んで二度楽しもうという魂胆がありました。観劇の余韻に浸りながら、原作をより深く味わえると考えたのです。
 
しかし、劇と同名の原作『ドングリ山のやまんばあさん』を取り寄せてびっくり。検索した際には「絵本」との記載があったのですが、届いたのは分厚い児童書だったのです。完全なるリサーチ不足でした(笑)。
 


読み聞かせは早々に断念しましたが、本を手に取り自分でページをペラペラ。「あ、やまんばあさん。ちからもちだね」「これこわい」などと、挿絵を指差しながら、劇を思い出しているようでした。
 
 
読み聞かせを試みましたが私の力量及ばず、最終的には息子から「これむずかしい〜」と別の絵本を読むようにねだられてしまいました。口コミを見たところ小学生くらいから楽しめるようなので、頃合いを見ながら再チャレンジしたいと思います。
 
逆に、小学生向けの内容も、劇なら楽しむことができるのだなというのは発見でした。大人にとっては、原作の魅力を二人芝居に落とし込む巧みさに改めて気付かされる機会となりました。
 
この体験に味をしめて、早速次の観劇が楽しみになっている私たち家族です。
(森田めぐみ)